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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(オ)589号 判決

上告人

株式会社

キタカタ

右代表者代表取締役

山下正一

右訴訟代理人弁護士

横田勉

被上告人

株式会社

阿波銀行

右代表者代表取締役

河合英一

右訴訟代理人弁護士

田中達也

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人横田勉の上告理由について

数人が各自全部の履行をする義務を負う場合において(以下、全部の履行をする義務を負う者を「全部義務者」という。)、その全員又は一部の者が和議開始の決定を受けたときは、和議開始決定時における当該債権の全額を和議債権として届け出た債権者は、和議開始決定後に、当該和議債務者に対して将来行うことのあるべき求償権を有する全部義務者から債権の一部の弁済を受けても、届出債権全部の満足を得ない限り、右債権の全額について和議債権者としての権利を行使することができるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。破産法(以下「法」という。)二四条によれば、数人の全部義務者の全員又は一部の者が破産宣言を受けたときは、債権者は破産宣言の時に有した債権の全額について、各破産財団に対して破産債権者としての権利を行うことができるのであるから、破産宣告時の債権の全額を破産債権として届け出た債権者は、破産宣告後に全部義務者から当該債権の一部の弁済を受けても、届出債権全部の満足を得ない限り、なお右債権の全額について破産債権者としての権利を行使することができるものと解される。そして、債権者が債権の全額につき破産債権者としての権利を行使した場合に、破産者に対して将来行うことのあるべき求償権を有する全部義務者が弁済したときは、「其ノ弁済ノ割合ニ応シテ債権者ノ権利ヲ取得ス」との法二六条二項の規定は、将来の求償権を有する複数の全部義務者による一部ずつの弁済により、又は右の弁済と破産財団からの配当とにより、届出債権全部を満足させてなお配当金に余剰を生じた場合に、右余剰部分について、右全部義務者が各自の弁済額の割合に応じて債権者の権利を取得する旨を定めたものと解すべきである。けだし、同項が債権の一部を弁済したにすぎない全部義務者において直ちに届出債権額に対する弁済額の割合に応じて債権者の権利を取得する旨を定めたものと解すれば、債権者が届出債権全部の満足を得られない場合にも、残債権につき履行する義務を負つている右全部義務者が前記の割合に応じて債権者の権利を取得し破産債権者としての権利を行使しうることとなり、債権者を害する結果となつて妥当でないからである。以上に述べたことは、和議法四五条によつて右各規定が和議債権について準用される場合にも異なるところはないというべきである。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(一)(1) 上告人を債務者とする和議申立事件(以下「本件和議事件」という。)において、昭和五七年九月二一日次のとおりの和議条件のもとに和議認可の決定がされ、右決定は同年一〇月一六日に確定した、(ア) 債務者は、和議認可決定確定の日の翌日から六か月満了の日を第一回として和議債権元本額の一〇パーセントを、その一年後を第二回として以後一年毎に第九回まで元本額の五パーセントずつをそれぞれ支払う(合計五〇パーセント)、(イ) 各債権者は、前項の支払が履行されたときは、残余の元本債権及び利息、損害金などを全部免除する、(2) 被上告人は、上告人に対し、上告人の振出に係る第一審判決別紙約束手形目録記載の約束手形四通(以下「本件約束手形」という。)の手形金債権合計四〇〇〇万円を有しており、昭和五七年九月八日これを和議債権として届け出た、(3) 上告人は、昭和五八年七月九日被上告人に対し、三二〇万円を支払つた、(二)(1) 石田産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、本件約束手形の裏書人であつて被上告人に対して遡求義務を負つていたところ、昭和五七年九月二四日、和議認可決定確定の日の翌日から三か月後に和議債権元本額の二〇パーセントを、その一年後に元本額の7.5パーセントを、更に和議認可決定確定後二七か月目を第一回として以後一年毎に元本額の1.25パーセントずつをそれぞれ支払う(合計四〇パーセント)との和議条件のもとに和議認可の決定を受けた、(2) 被上告人は、昭和五八年六月一三日訴外会社から右和議条件に従い八〇〇万円の支払を受けた、というのである。右の事実関係及び既に説示したところによれば、被上告人は、本件和議事件について和議開始の決定がされた当時、上告人に対し四〇〇〇万円の債権を有していたものということができるところ、その後、全部義務者である訴外会社から八〇〇万円の弁済を受けたが、いまだ右債権全部の満足を得ていないので、上告人に対し四〇〇〇万円全額について和議債権者としての権利を行使することができるものというべきである。そうすると、上告人は、被上告人に対し、第一回分として支払うべき金額四〇〇万円から既払額三二〇万円を控除した残額八〇万円及びこれに対する弁済期の翌日以降の遅延損害金を支払う義務があるので、被上告人の本訴請求を認容した原判決は結論において是認することができる。論旨は、判決に影響を及ぼさない事項について、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官長島敦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人横田勉の上告理由

一、原判決には判決に影響を及ぼすこと明なる法令違反の違背がある。

すなわち、原判決によると被上告人が訴外石田産業株式会社から支払いを受けた金八〇〇万円は、上告人の和議手続において免除すべきものとされた和議債権の五〇%および和議債権に対する利息、損害金の一部と認むべきものであつて、かように和議条件による免責部分について弁済した訴外会社は、第一審判決の説示するように債務者たる上告人に対し和議法四五条によつて準用される破産法二六条二項による求償権を取得する余地は存しない旨判示されている。

(一) しかしながら、訴外会社は本件手形債権について裏書人として被上告人に対して右金八〇〇万円を支払つているものであるが、これは訴外会社の和議条件に基づくものであり、当然元本の二〇%に充当されることになり利息、損害金の一部として支払いがなされたことにはならないことは明らかである。その場合、原判決の認定の如く上告人の和議手続において免除すべきものとされた和議債権の五〇%部分に弁済したと認められるかというに、右訴外会社は本件手形の裏書人として自己の被上告人に対する債務について一部弁済をしたのであつて、上告人の被上告人に対する振出人としての手形債務について一部弁済したものではないから、従つて、訴外会社が一部弁済の時において自己のそれとは別個独立した手形上の債務であるところの上告人の和議手続において免除すべきものとされた和議債権の五〇%部分について弁済に充当する旨の指定をすることは出来得ないものである。現に訴外会社はそのような弁済充当の指定をなしていないし、被上告人もその受領時にかかる意思表示はなしていない。この点において、原判決は全く法的根拠なくして訴外会社が被上告人に対する裏書人としての本件手形債務の一部弁済をもつてして、上告人の被上告人に対する振出人としての本件手形債務の免責部分について一部弁済がなされたものと認定しており、法の解釈ならびに適用を誤つた違法がある。

(二) 訴外会社は裏書人として本件手形債務のうち金八〇〇万円を支払つているのであるから、その弁済の割合に応じて債権者である被上告人の権利を取得することは当然のことである(和議法四五条、破産法二六条二項)。本件の場合、訴外会社は右弁済によりその限度で振出人である上告人に対し手形上の遡求権を取得しており、これを否定されるべき法的根拠はどこにも存しない。

原判決においては、判断が示されていないが和議法四五条によつて準用される破産法二四条の関係で、訴外会社の右一部弁済があつても、被上告人は和議認可確定時における上告人に対する債権全額、すなわち本件手形金四〇〇〇万円で上告人に対し権利を行なうことかができるものであるとの解釈が示されないで、単に同法二六条二項の関係のみで訴外会社の右一部弁済が上告人の和議条件における免責部分に弁済されたと認むべきもので上告人に対し求償権を取得する余地はないとの見解を示し、そのことを理由に上告人の抗弁を失当とすることは法の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

(三) 原判決は、和議手続においてその準用されている破産法二四条をそのまま適用させようと思う余り技術的になり過ぎ、法の解釈ならびに適用を誤つたものであり、破産法と和議法との性格的な差異についてはこれを認め、その解釈においてもその差異を認めるべきものである。

和議法においては、債権者から債権届出がなされ、管財人および整理委員により債権調査がなされて債権表に記載されても、それは確定債権になるものではない。従つて和議債権の配当については、支払時期に調査し、その時点で和議債権を確定させて、その確定額を基準にして和議条件に従い支払いすることが当然のことといえる。

この点において、和議の場合は破産と前提が異なるものである。すなわち、破産の場合は届出債権のうち異議なき債権額は確定債権となり、これが弁済を受けるべき債権額なるに対し、和議の場合は減額・免除されるのが通例であり、その場合減額・免除されると弁済を受けるべき債権額も減額又は免除(利息、損害金など)されることになるもので、債務者としてはその弁済すべき額を越えて支払いをすべきことは拒絶できるものである。本件の場合においても、訴外会社が金八〇〇万円の一部弁済をし遡求権を行使して支払いを求めてきた場合、上告人としては和議条件に従つた支払いをなさざるを得ないものであるが、その場合被上告人に対し債権表に記載された金額を減額する必要はなくその金額で配当に加わることができるとなると上告人は和議条件で決められた元金五〇%以上の支払い、特に第一回の場合に限つて考慮すると一〇%以上の支払いを強いられることになるもので不当といわざるを得ない。

破産の場合においては、破産債権そのものに変更を生ずるものではない。現実的に破産財団が少なくそれがために配当が少ないだけである。これに対し和議の場合は、法律上和議債権の減額・免除(利息、損害金など)がなされることがある。この差異により、和議の場合においては債権者は債権表に記載された債権額全額の弁済を受けられない場合が法律上発生するものであり、その内容は和議条件により決定されることになる。従つて、和議の場合は破産法二四条、二六条をそのまま適用しては不都合を生ずる場合が当然生ずるものである。その場合、破産法二四条の準用を固執するあまり、同法二六条二項の準用を否定することは法の解釈を間違つているといわざるを得ない。破産と和議との性格の差異を考慮するときは、破産法二四条の準用について一部変更を認め、同法二六条二項はそのまま準用すべきものである。

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